2024.10.18 | コラム |
1998年、4月16日。
制作スタジオジブリ、監督・脚本を巨匠・高畑勲さんが手がけた『火垂るの墓』が映画公開されました。スタジオジブリとしては第三弾作品になります。
第一弾の『風の谷のナウシカ』、第二弾の『天空の城ラピュタ』に続いて、第三弾は『火垂るの墓』と『となりのトトロ』との同時上映という形で公開されました。
風の谷のナウシカも天空の城ラピュタもファンタジー色が強かったので、ようやく出来たジブリファンには、次回作もファンタジー路線だろうという認識を、当然持たれていたと思われます。しかしその予想を裏切り、火垂るの墓は『戦争』、となりのトトロは『日常』と、第三弾作品はそれまでと性質を大きく変えてきたと言って過言ではないかもしれません。とはいえ、となりのトトロは風の谷のナウシカや後のもののけ姫にもあった自然賛歌・人間と自然がテーマの、宮崎駿さんらしい作品でしたので、やはり異質だったのは火垂るの墓でしょう。
火垂るの墓のストーリーは、兵庫県神戸市と西宮市を舞台に、戦火の中……両親を亡くした4歳と14歳の兄妹がどのように生きていくのか?という物になります。作品の冒頭で完全なネタバレをくらうので、気にせずに話させて頂きますが、主人公の少年・清太がまず自分が死ぬ事を語り、清太を追憶していく形で物語が始まっていきます。
「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ」
この強烈な始まりのナレーションは、初見の際は随分驚いた事を今でも覚えています。そもそも火垂るの墓のキャッチコピーは「4歳と14歳で生きようと思った」でしたから、てっきり私は戦火の中で辛い事や苦しい事もあるが、最終的にはハッピーエンドになるんだろうなという安易な予想を立てていましたので驚きました。
この後も物語は意外な展開や驚きに満ちており、決して見る人を飽きさせない作品ですが、それをこの場で語る事はしないでおきます。火垂るの墓という素晴らしい作品を、皆さんにも是非見て頂きたいので、完全なネタバレは止めておきます。
火垂るの墓は、日本では金曜ロードショー等で知名度はありましたが、あまり好んで見られる事が少ない作品でした。スタジオジブリで好まれる作品と言えば、風の谷のナウシカ、魔女の宅急便、もののけ姫、千と千尋の神隠しといった、宮崎駿さんが手掛けたファンタジー色の強い作品が好まれる傾向にあり、戦争を扱った火垂るの墓は避ける人も多いです。
暇だし少し見てみるかでは視聴されないというのは、映像作品としてのハードルが高い事を意味しており、実際に火垂るの墓の配給収入は、となりのトトロとの同時上映だったにも関わらず、2作品で11.7億円と…大赤字だったと言えるでしょう。まぁ、その赤字を補填する形で魔女の宅急便が作られたので、ある意味良かったとも言えるかもしれませんが。
見るハードルの高さは海外にも適用されており、スタジオジブリは好きだけど火垂るの墓は見た事ない、又は見たくないというファンは多かったようです。しかしこの度、24年9月16日にNetflixにて190ヶ国で一斉配信されると爆発的な人気を獲得し、瞬く間に海外の「人生で絶対みるべき作品トップ50」に入る程の大きな反響をよびました。
これはスタジオジブリ作品の人気が高い事も一因ですが、ウクライナ侵攻等の現実の世界情勢も関係しているようです。過去の第二次世界大戦ほどでは無いにしても、今の世界は不安定になってきていると、どこか心中で感じる人が多いのでしょう。事実、ネットで火垂るの墓の感想・意見を読めば「このご時世だし、観てみるか」と考え、視聴したという人も多かったです。
また上記に加え、ここまで好評を得たのには、火垂るの墓の構成に秘訣があると私は考えます。
火垂るの墓は第二次世界大戦中での話ですが、敵国であるアメリカ兵は殆ど出ません。兵器が映されるだけで、アメリカ兵や日本兵は完全に脇役なのです。勿論それは兵役にも服してもいない清太と節子の視点で描かれているので、当然と言えば当然ですが、ここまで戦時中の民間人のみを映した映像作品もなかなかありません。
厳しい戦火の中、両親を亡くした清太と節子の取り巻く状況。それのみに特化した作品だからこそ、ここまで海外でも好評を得られたのだと思われます。
色々な考えや意見があると思いますが、この作品に悪者はいません。作中の誰もが戦火を生きぬこうと動いていた。しかし人間は非常時や精神的に追い込まれている時には、日頃と同様に他人に優しく接する事は難しい。あるいは利己的になってしまう部分もしょうがないでしょう。勿論これは当事者ではない対岸の火事を眺めている者の言葉ではありますが、精神的に余裕のない人に「優しく」を求めるのは酷です。他人どころか自身が切羽詰まった状況なのですから。
そして切羽詰まった状況の最たる物が戦争でしょう。火垂るの墓はそこで行われる人間模様をよく表現していると思います。
戦争によって真っ先に侵される物は死者の尊厳だと、私はある本で読んだ事があります。そしてそれはその通りだと思います。火垂るの墓の劇中でも、故人の尊厳を守った葬儀、残された遺族が寄り添いおくる…こう言った事がほぼ為されておりませんでした。死体は一か所に集められ、誰とも分からない他人と一緒に燃やされる……それでも上等な方で、酷い場合には路上で放置し腐っていくのを待つのみという残酷な光景が、淡々と描写されておりました。当時は故人の尊厳よりも、国家の行く末が大事にされていたのだと想像に難くありません。
ですので、私はこの火垂るの墓を見る度に思うのです。現代の…戦争の無い時代に生まれる事が出来て幸せだと。近しい人が亡くなれば、宗教者を読んで告別式を皆でおこなう。そんな当たり前の事が本当にありがたい。良ければ皆さんも一度火垂るの墓を視聴して、「当たり前」と思っている事も実感して貰えれば幸いです。
最後に、『火垂るの墓』と『となりのトトロ』は同時上映の際の順番は固定ではなく、映画館の放送時間によりました。つまりお客様が映画館に入る時間によって、どちらの作品を先に見るか変わっていたのです。後にトトロを見た人は気持ちよく帰る事が出来たでしょうが、後に火垂るの墓を見た人のダメージは相当きつそうです…。
かずやコスメディア 髙木