思い通りにならない『娑婆(シャバ)』との付き合い方

テレビドラマや映画で、軍隊や刑務所などから出てきた人が「シャバの空気はうまいな」とつぶやくシーンを見たことがある方は多いのではないでしょうか。この場合の「娑婆(シャバ)」は、閉ざされた環境から解放され、自由な身になった世界を指す言葉として使われています。

9月半ばを迎え、季節は少しずつ秋へと向かっています。朝晩には過ごしやすさを感じるようになったものの、ここ九州では日中にまだ夏の名残が感じられ、外に出れば残暑が肌にまとわりつき、秋の訪れにはもう少し時間がかかりそうです。

「シャバの空気はうまい」と言うほどの自由な世界も、実際に暮らしてみれば、なかなか思い通りにはいかないものです。

そもそも私たちが日頃使っている「娑婆」という言葉には、どのような意味があるのでしょうか。

実は「娑婆」は、サンスクリット語の「サハー」に由来する仏教用語です。「サハー」は「忍土(にんど)」とも訳され、「苦しみを耐え忍ぶ世界」という意味を持ちます。

仏教では、この世を喜びと同時に、思い通りにならない出来事や苦しみも含んだ世界として捉えています。

つまり私たちの暮らす日常は、楽しいこともある一方で、予期しない出来事や不都合も避けられない場所だということです。

そう考えると、日常のささやかな「思い通りにならなさ」にも、少し説明がつく気がします。

例えば、楽しみにしていた店に出かけたら「本日定休日」の貼り紙。洗濯物を干した途端に雨が降り出したりすることもあります。仕事では、急な依頼や理不尽に感じる対応に振り回されることもあるでしょう。さらには、ようやく一息つこうとしたときに限って電子タバコの充電が切れている…。

こうした出来事は特別な不運というより、「娑婆」という世界の一面なのかもしれません。

思い通りにいかないことがあるのは当然で、むしろ予定通りに物事が進むことの方が、少しありがたく感じることができます。

このように「娑婆」という見方を知ると、日常の受け止め方にも少し余裕が生まれます。他人の生活と比べて落ち込む必要もありません。誰もがそれぞれに、思い通りにならない出来事を抱えながら生きています。

仏教の教えを現代的に捉えるなら、「世の中は思い通りにならないものだ」と理解しておくことが、心を穏やかに保つ一つの知恵と言えるでしょう。

うまくいかないことに出会ったときも、それを「娑婆の一部」として受け止めることができれば、必要以上に自分を責めたり、気持ちを乱したりせずに済むかもしれません。

そして思い通りにならないことがあるのは自分だけではなく、誰もがそれぞれの悩みや苦労を抱えながら、この娑婆という世界で暮らしています。だからこそ、ときには人に助けてもらい、ときには誰かの力になりながら、お互いに支え合っていくことが大切なのではないでしょうか。

思い通りにならないこと、それも含めて人生です。

うまくいかない日には少し肩の力を抜き、完璧を求めすぎずに過ごしてみる。そんな心の余裕が、日々を少し楽にしてくれるのかもしれません。

今日もそれぞれの「娑婆世界」を歩きながら、自分らしいペースで過ごしていきたいものです。

かずやコスメディア 上原

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