日本の仏教『13宗派』ざっくり解説 第3弾
今回は、前回の番外編を除き二つ目である『華厳宗』についてざっくりとお話していきます。
一つの花を見れば、宇宙のすべてが見える 華厳宗が描くつながる世界

本山は日本を代表する寺院で誰もが知る奈良の東大寺。
そして、本尊は「奈良の大仏」でおなじみ毘盧遮那如来(びるしゃなにょらい)です。
開祖は、中国の唐の時代に活躍した僧侶である『杜順(トジュン)』で、その後弟子の『智厳(チゴン)』を経て、
第3祖である『法蔵(ホウゾウ)』が華厳教を大成させました。
日本へは法蔵の門下生である『審祥(シンジョウ)』を『良弁(ロウベン)』が日本に招き、金鐘寺(後の東大寺)で
華厳経の講義を行い広まっていきました。
『良弁』の生い立ちについては、少し変わった言い伝えが残されています。
2歳の時に目を離したすきに大鷲にとらわれてしまった。
もちろん、両親は必至で探しまわるが見つからない。それから約30年がたち母親はある噂を耳にします。なんでも東大寺には幼い頃に鷹に運ばれ境内の杉の木に引っ掛かっていたところを助けられた僧侶がいる。会いに行った母親は脇の下の痣を見て我が子と確信し再会を果たす。
何とも只者ではないエピソードです。

さて、華厳宗は数ある仏教宗派の中でも最も壮大な宇宙観を説く宗派として知られています。
仏典は『華厳経』正式には『大方広仏華厳経』を最も重要視しています。
大方広仏とは、時空間を超越した絶対的な存在としての仏という意味です。
そんな『華厳宗』を元に、華厳宗では『無尽縁起』という思想が語られることが特徴です。
無尽縁起、なかなか聞きなれない言葉ですが出来るだけ簡素に紹介すると、
『一つの中に世界のすべてがあり、互いに関わり合いながら終わりなく生まれ続ける』
一輪の花に例えるなら、花は大地や水、太陽に養われながら成長します。
その花が出す酸素は人や動物を生かし、枯れた後は土を肥やし、また次の命を生む。
一輪の花を支える縁は無限に広がり、またその花自身も無限の縁を生み出している。
だからこ、私たちの小さな行いもどこかで誰かに繋がり、世界の一部として生きていく。
ざっくりと説明してみましたが、華厳宗のダイナミズムを感じます。
華厳宗ではこの壮大な世界観を『四法界』という枠組みで整理しました。
1.事法界 … 個々の存在をそのまま認める世界
2.理法界 … すべてを「空」という真理のもとで一つとみる世界
3.理事無礙法界… 個と全体が矛盾なく共存する世界
4.事事無礙法界… 個々の存在が自由に響き合い無限に交わる世界
特に第四の『事事無礙法界』は無尽縁起の思想が最もダイナミックに表現されたもので、
ここではあらゆる事象が互いに浸透し合い、阻害することなく響き合っている。
「宇宙は無限の関係性そのもの」と描かれています。
なかなか難しかったと思いますが、華厳経は数ある経典の中でも、とりわけむずかい事で有名だそうです。さらに、華厳宗の修練も難しい事で知られています。
つまり、華厳宗とは、『世界とは何か?』を俯瞰して解釈し壮大な世界観を考える宗派なのです。
もし、華厳宗のお坊さんと一緒に散歩しているとき、道端に咲く花を見て「きれいな花ですね」
と語りかければ、「あの花には雨がいて、風がいて、鳥がいて、虫がいて、太陽まで咲いていますね」と答えが返ってくるかもしれません。
大げさに聞こえますが、それが華厳宗の考え方。
華厳宗にある言葉『一即一切 一切一即』
一つの中にすべてがあり、すべての中に一つがある
一輪の花を見て宇宙を感じ、一人の笑顔の向こうに数えきれないご縁を見つめる。
今日、誰かに「ありがとう」を伝えること。それは決して小さな出来事ではなく、その一言は、見えない所で誰かの心を照らし、また別の「ありがとう」を咲かせる種となる。
もしかすると、宇宙はとてつもなく大きなものではなく、誰かを思いやる小さな心の積み重ねで出来ているかもしれません。
あくまでも個人の見解と思いご了承いただければ幸いです。
かずやコスメディア東 政哉