散る桜 残る桜も 散る桜
今は桜の頃から離れた時期ではありますが、今回は季節を少し戻して、桜にまつわる句を残された方についてお話ししたいと思います。
『散る桜 残る桜も 散る桜』とは、江戸時代後期、曹洞宗の僧侶である良寛(りょうかん)和尚の残された有名な句の一つとして、宗派問わずお寺の掲示板やご法話で目にした耳にしたという方も多いのではないでしょうか。
良寛和尚は現在の越後国(現在の新潟県)に生まれ18歳にて出家。修行を終えられてからは諸国を巡りながら和歌や書などを学び、70歳にて島崎村(現在の長岡市)の木村元右衛門邸内に住まれるまで生涯に渡りお寺を構えず、無欲で質素な生活を貫かれました。
その一方では、子供たちと一緒に歌を歌い、時には托鉢の途中でも子供たちと手毬をついて遊んだりと、諸民と積極的に交流するお人柄に多くの人々から尊敬を集めておられたそうです。
良寛和尚には子供たちとの逸話が多く残っていますが、中でも有名なのが「かくれんぼ」の逸話です。
子供たちと一緒にかくれんぼをして遊んでいたとき、良寛和尚が隠れていることを忘れた子供たちが帰ってしまったにも関わらず、翌朝までかくれんぼを一人で続けておられたという話。この純粋で飾らない姿は、良寛和尚のお人柄を象徴するものとして、今も語り継がれています。
今回のタイトルにある詩句は、辞世の句として良寛和尚自らの命を桜の花に例えて詠まれており、「生きている者も、先に旅立つ者も、いずれ同じ道を行く」という、静かで穏やかな無常観を表していると思われます。
私も葬儀の現場に携わらせていただくなかで、この句がご法話で語られる場面に出会うことがありますが、そこには「だからこそ今を精一杯生きてほしい」という想いが込められているように感じます。
今回、葬儀や仏教にまつわる詩句を調べる中で、作者のお人柄に触れる機会がありました。 良寛和尚のように、どこか子どものような純粋さを持ち続けた人物の背景を知ることで、同じ一句でも受け取る印象が大きく変わることがあります。
詩句の奥にある「その人の生き方」を知ることは、言葉の味わいをより深くしてくれるものです。
これからも、葬儀にまつわる詩句や言葉の背景にある物語を、皆さまに少しずつご紹介できればと思います。 心に残る一句が、日々を見つめ直すきっかけとなれば幸いです。 合掌
かずやコスメディア 田中丈詠