ウサギのお布施
仕事の帰り、夜空には月が出ていました。月にはウサギがいて餅つきをしているというお話は、昔からありますが、私はてっきり、月の模様が、ウサギが餅つきをしているように見えるからだとばかり思っていました。しかし、この「月のウサギ」のお話は、仏教の説話からきています。

その説話をご紹介します。
昔、ある深い山に賢いウサギが住んでいました。ウサギにはサルと犬とカワウソの友達がいて、楽しく一緒に暮らしていました。
ある時、ウサギは明日が布施をする日だと思い出し、他の三匹に言いました。「明日は食を請う人に施しをする日だよ。しっかりと教えを守って施しをすればきっといいことがあるよ」といいました。
一同は「はい、わかりました」と答えました。
翌日、帝釈天(仏教の守護神)が旅の僧に姿を変えてウサギと三匹の友達のところに行き、「私は飢えと渇きで苦しんでいる。誰か助けてくれないか」と懇願しました。
三匹の友達は「今こそウサギに言われたことを果たすとき」と思い、カワウソは魚、サルはマンゴー、犬はトカゲと牛乳を布施しました。
最後にウサギが
「私にはあなたに与えるものはありません。ですから私の肉を差し上げます。火をおこして私を焼いて食べて下さい」を申し出ました。
僧に身を変えた帝釈天は訝(いぶか)しみ「私に好意を示してくれるそなたの命を絶つことは出来ない」と断りました。ウサギはいったん引き下がりましたが、どうしたら自分の身を旅の僧に与えることが出来るか考えていました。
僧は三匹の友達が布施したものを食べるため、火をおこしました。それを見たウサギは喜び「私はあなたのために慈悲を施せる機会を失うことは出来ません。どうか私の施しを受け取ってください」と言った瞬間、火に飛び込みました。

しかし、熱いはずの火がちっとも熱くありません。ここで帝釈天は真の姿を現し、ウサギを火の中から取り出して天に向かってうやうやしく掲げて「諸々の神よ。この偉大な者は私が何者か知らなかったにも関わらず、私をもてなすために身を犠牲にしたのだ。」と叫び、このウサギの行為を人間や神々に知らせるために、月にウサギの姿が現れるようにしました。そして満月の度にウサギはその姿で、慈悲の功徳を説くようになりました。
仏教では、運命の原因と結果の関係を次のように明らかにしています。
「善い因行いは、善い果(幸福)を生み出す。悪い因(行い)は悪い果(不幸)を引き起こす。幸も不幸も自分に現れる運命のすべては、過去の自分の行為によって生み出されたものであるというものです。
皆様が月のウサギを見られたときに、ウサギの慈悲を思い出して頂ければ、少しだけ明るい未来が皆様に訪れるのではないでしょうか。
かずやコスメディア 東 利廣